長野県飯島町(いいじままち)。
世界でここだけ「めしのしま」で開催される米俵マラソン。縁起(福俵)を担いで南信州の大自然を走ろう!!

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究極のおもてなし!!
町民手作り「ご当地マラソン」
みなさんの幸せを願いながら1つひとつ時間をかけて、手作りで米俵を編んでいます。また今回も多くの町民がみなさんをお迎えします。ご当地ならではの楽しい企画も盛りだくさん。
これぞ究極の「お・も・て・な・し」
大会を重ねるごとに大きくなる「俵富士」
今年は330個の米俵で4mの米俵の山「俵富士」が出来る予定。
飯島町から見える2つのアルプスと俵富士をぜひご覧あれ!!
参加者が担いだ米俵は
お持ち帰りいただけます!!
飯島町内で数少ない米俵職人・平澤福さんから受け継いだ技術で作った米俵は、本物のご利益がある「福俵」。持ち帰って玄関や床の間に飾ってほしいです。マラソン用の米俵は5・3・2・1kgの4種類をご用意しています。体力・筋力に合わせてお選びください。
豪華景品がたくさん!!
優勝賞品は最高で「米1年分」、「仮装大賞」もあります!! ぜひおいしい飯島産米を毎日食べていただきたい!!
「飯島町ごはんですよ」で
お腹いっぱい!!
マラソン後は食のイベント「飯島町ごはんですよ」で、おいしいお米をおかわり自由でお腹いっぱい食べていただきます。「おかず横丁」では、ごはんに合うおかずをご用意しています。
米俵を担がない一般マラソンも
同時開催!
米俵を担ぐ自信のない人は一般マラソンにどうぞ!! 秋の飯島町を気持ちよく走りませんか!
担いだ米俵の重さの分だけ
お米をお持ち帰り
走りきったご褒美は「おいしい飯島産米」。それも担いだ重さの分だけ。家に帰ってからも飯島産米をご堪能ください。
米俵の職人を養成し米の文化を
継承していきます!!
 米俵というと大昔の物と想像する方も多いと思いますが、実は昭和40年代頃まで実際に使われていた地方もあり、弥生時代からの稲作文化を考えるとごく最近まで使われていたことになります。しかし戦後米俵の代わりに麻袋が急速に普及し、その後30kg用の紙袋が使用されるようになってからは米俵はほとんど使われなくなってしまいました。
 現在米俵の製作技術は失われつつある技能であり、米俵職人の高齢化も進行しています。日本は瑞穂の国(みずほのくに:みずみずしい稲穂のこと。稲が多く取れる国ということで日本の美称として使われる)と言われ米とともに歴史を紡いで(つむぐ:歴史を積み重ねる)きました。米俵を通じて日本の歴史を学び、米の文化・技術を継承するため飯島町では「米俵保存会」を発足し研修会を重ねています。
 いつか飯島町民の多くが米俵が作れるようになったらいいですね。
日本の稲作を元気にしたい!!
今日本の稲作は様々な要因で続けていくことが困難な状況にあります。私たちは米俵マラソン等のイベントを通して、多くの人がこれからの日本の稲作について考える機会を作っていこうと思っています。
 米俵マラソン大会後には「飯島町ごはんですよ」というご飯をたくさん食べていただく食のイベントも開催予定。キャッチフレーズは「おかわりもう一杯!!」ご飯をたくさん食べることで日本の稲作を応援したいと思っています。
 お米はニッポンのソウルフード!!みんなで日本の稲作を応援していきましょう!!
日本一の「俵富士」を作ります!!
 米俵マラソンが開催される飯島町は江戸幕府の直轄領(天領)だったんです。飯島町には江戸幕府の陣屋(役所)が置かれ伊那谷(上伊那郡・下伊那郡)を治めていました。陣屋が置かれていたということで、飯島町は各地から集まる年貢米の集積所でもありました。 と言うことは、きっとその当時年貢米の山が飯島町で見れたはずです。私たちは米俵の山を「俵富士」と名付けて現代に再現しようと取り組んでいます。 第1回大会では2メートルの俵富士が出来ました。第2回大会では4メートルの俵富士が出来る予定です。いつか3000人規模の大会になれば14メートルの俵富士が出来る予定。日本一の俵富士を皆さんにお見せしたいです。
日本の原風景を残し、
稲作農家さんを応援したい!!
今後農作業の効率化で日本の原風景である“はざ掛け”の田んぼは激減していくでしょう。でもそれじゃあ寂しいですよね。米俵に使うワラははざ掛けをした良質のワラが必要になります。しかしはざ掛け作業は大変手間のかかる作業なんです。私たちは米俵の6次産業化を通してはざ掛けのワラの買取制度を確立し稲作農家さんの収入を増やしていこうと思っています。
 米俵マラソンの規模が大きくなれば“はざ掛け”の田んぼがどんどん広がっていきます。これぞ日本の原風景!!ぜひ皆さんのお見せしたいです。